宇宙を満たすダークマター
宇宙の構造形成をひきおこす重力の源となる物質のほとんどは、我々がよく知っている 物質を構成する水素や酸素、炭素といった通常の元素ではなく、 正体不明の物質であると分かっている. 「暗黒物質」や「ダークマター」あるいは「ミッシングマス」という言葉を聞いた ことがあるかもしれない。 「正体不明のものが存在するとわかっている」とは何だかとても奇妙な言い方であるが、 暗黒物質の存在は、特殊な観測や理論から導かれたのではなく、 様々な観測結果から共通に示唆されており、ほぼ事実といってよい。 以下にその根拠となる代表的な観測事実を挙げる。これら全ての観測結果を説明するためには、大量の「目には見えないが重力相互作用をするもの」 を持ち出さなくてはならない。
- 銀河の回転速度が、星の存在しない外側領域でも大きく減少しないこと
- 銀河団内の構成銀河の速度分散が非常に大きいこと
- 多くの銀河団に見られる重力レンズ現象
- 宇宙の大規模構造の形成
銀河団に付随する暗黒物質の存在証拠 -- 重力レンズ現象。 この中にある明るい部分の多くが、銀河団を構成するメンバー銀河である。 よくみると小さな円弧上の明るい部分がたくさんあり、それらは図のほぼ 中央をとりかこんでいる。銀河団にある大量の暗黒物質が「重力のレンズ」 となって、もっと遠くにある銀河の形を変えてしまう。
暗黒物質の候補
暗黒物質の候補としては様々なものが提案されている:ただし、宇宙におけるバリオン物質(通常の元素)の密度は極めて小さいため、 暗い天体が暗黒物質の主要な要素であることはないと考えられている。 また、ニュートリノは宇宙に広く存在するため、1980年代には暗黒物質の有力な 候補であったが、以下に解説するように、宇宙の構造形成の観点から、 ニュートリノが主要な要素であることは否定されている。
- 未知の素粒子。超対称性粒子ニュートラリーノや、アクシオンと呼ばれる量子色力学で 存在が期待される粒子。
- 宇宙初期に形成されたブラックホール
- 小さくて暗い天体
暗黒物質が「冷たい」とは
奇妙なことに、暗黒物質の正体は分かっていないが、その性質はおおよそ わかっている。最も基本的な性質は、宇宙初期に相対論的であったかどうか、 というもので、暗黒物質粒子の速度分散(乱雑な動きの度合い)で決まる。 乱雑な動きの大きかったものは「熱い暗黒物質」と呼ばれ、そうでないものは 「冷たい暗黒物質」と呼ばれる。例えば、ニュートリノは前者、アクシオンや ニュートラリーノは後者の代表的候補である。この「熱いか冷たいか」という 性質は、物質分布の滑らかさに最も顕著に現れる。 左下の図は「熱い暗黒物質」モデルにもとづいた宇宙の大規模構造の形成 シミュレーション、そして右下の図は「冷たい暗黒物質」モデルにもとづいた ものである。そしてさらに下の図は、実際に観測された宇宙の構造を示す。 一目瞭然、「冷たい暗黒物質」モデルの方が有力であることはすぐに分かるだろう。
消滅する「明るい」暗黒物質
素粒子物理学でもっとも有力と考えられている冷たい暗黒物質の候補は超対称性粒子「ニュートラリーノ」である。 ニュートラリーノは特別な性質をもっている。 ニュートラリーノ粒子同士が衝突すると、稀に消滅し、高エネルギー粒子やガンマ線に変化してしまうことが予想されている。 我々の銀河系でそのようなことがおこっていれば、ガンマ線の観測によって暗黒物質の分布を「直接」見ることができるだろう。 下の図は、最近の大規模数値計算によって得られた、銀河内の暗黒物質 対消滅によるガンマ線強度の予想である。銀河内では暗黒物質は大小さまざまな塊(部分構造)をつくり、数千個以上もの塊(図で明るい部分) が飛び交っていると考えられる。銀河中心からのガンマ線は、現在稼働中のFermiガンマ線衛星でも 観測可能と考えられており、暗黒物質の証拠発見が待ち望まれている。
解説 東京大学 数物連携宇宙研究機構 吉田直紀