うちの大学院へ進学を考えているみなさんへ

進学説明会等でよく聞かれた質問とその返答をまとめておきました。一応以下の通りです。(2023/6/8 更新)

下を読んで、質問がある人はメールしてください。また、20代半ばの数年を大学院へ入って研究する、というのは、あなたが思っているより重大なことかもしれません。素粒子論を自分の専門にするかに関しては、田崎さんが以前とてもまっとうなことを書いていらしたので、それを読むのをお勧めします。また、数学者の Terry Tao が、学問をする上での助言をいろいろ書いています。そこにあることは、理論物理をやる際もあてはまることだと思いますから、暇なときに眺めてみるのもよいでしょう。また、研究と勉強ってどう違うのか、としばしば聞かれましたので、こういう文章も書きました。

所属はどこですか。
東大柏の IPMU です。学生さんは修士一年の夏学期ぐらいは本郷で講義をとらないといけませんが、修士一年の冬ぐらいから徐々に柏に移って、残りはほぼ柏にいてもらいます。都会生まれの人には何もない所ですが、僕のような都市郊外生まれには空が広く空き地があってのびのびしたところです。
専門は何ですか。
超弦理論、場の量子論とその数理的側面を研究しています。概要を知るには以前僕が京大でやったコロキウムをみていただくのが一番わかりやすいとおもいます。 その他、弦理論の研究にどんなものがあるかおおざっぱに書いたものもあります。 2015年ごろやっていた話に関しては意欲的な四年生、修士一年生なら読めるように書いたつもりの講義録がありますので、それを読んでみるのもよいでしょう。 二頁目からは日本語です。 これまでの研究室ガイダンスで使ったスライド(2012年2013年4月2013年6月)や、 2014年に研究室紹介をした際のビデオもあります。 さらに、以前の研究内容の思い出話や、過去の主要なセミナーおよび講演の発表ファイルおよび録画一覧等もあります。 「場の量子論と数学」という非専門家向け記事も書きました。
素粒子理論の中で特に〜〜〜をやりたいのですが。
〜〜〜にはこれまでループ量子重力、場の量子論の数学的厳密化、超弦理論の物性への応用、等いろいろありました。やりたいことが既にはっきりしているのはいいことだと思います。そういう場合は、その〜〜〜を日本で/世界で一番専門にしている研究者のいる大学院に進むことをお勧めします。自分が既にいる大学の大学院にあがるとか、日本人だから日本の大学がいいとか、そういうことは忘れてください。誰が一番専門かはなかなかわかりづらいでしょうが、質問してくれれば紹介します。また、90年代半ば以降の論文やレビューはすべて arxiv というところで無料で読めますので、そういうところで調べてみてください。
素粒子理論の中でも数学に近いことをやっていると聞きましたが。
その通りです。数学のいろいろな分野を場合に応じて使います。しかし、場の量子論を数学的に厳密にやっているわけではなく、場の量子論の教科書や論文の数学的にいい加減なところを1行1行厳密に追っていくとかいうわけではありません。厳密な場の量子論というのも世の中では研究されていますが、今のところ厳密化されているのは、物理のほうでは30年ほど前になされたところが出来ているかいないかという状態です。うちの研究室では、202x年の場の量子論の理解に皆さんに至ってもらうのを目的とします。
素粒子論はやりたいのですが、その中で特に何をやりたいかまだわかりません。修士に入る際の指導教員の選択は後に変えられるのでしょうか。
書類上の指導教員と、実質上の指導教員が違うことはしばしばあります。実質上の指導教員はポスドクだったり助教だったりすることもしばしばです。あなたが研究したいことが決まり、意欲と能力があれば、大学院の仕組みは十分融通が利くはずですので、そういう手続き的なことはそれほど気にしないことです。
では、書類上の指導教員の選択は気にしないでいいのでしょうか。
これまでの実例を見ますと、大抵の場合は、素粒子理論の中でも、指導教員のこれまでやっていたテーマに近いことを院生の間は研究して、ポスドクになってもはじめの数年はそれをする、ということが多いです。また、学生さんが無事卒業できるように研究指導をする責任は主に書類上の指導教員に生じます。ですから、やはり、素粒子理論、弦理論の中でもどんなことがやりたいか、誰が何をやっているか調べて、自分が好きなことにもっとも近い指導教員を選ぶのがいいと思います。
また、海外の大学院へ進学するのと比べるとどうでしょう。
素粒子理論に関しては日本の大学院の質は海外の良い大学院に比較して遜色がないと思います。日本では、院に入る際に指導教員が決まりますが、アメリカ等ですと、院に入った段階では物理学科に入るだけで、その後数年で指導教員が決まるという形をとりますので、自由度が高くはあると思います。また、素粒子理論の場合は、日本で博士号を取ったとしても、どうせ数年は海外でポスドクをすることになります。ですから、結局は、院生の段階から海外に行くか、ポスドクの段階から海外へ行くかの選択です。
大学院に入るとどんな生活になりますか。
はじめの一年はとりあえず単位を取らないと行けないのでいくつか講義に出てもらいます。また、学生の皆さんで輪講をして場の理論、弦理論の基礎を学んでもらいます。「教えてもらう」というのを脱却して、「自分で勝手に勉強する」となって、さらに「自分で考えたいことを考える」すなわち「研究する」ということに移っていきます。弦理論のコミュニティは世界に広がっていて、最新の研究結果は平日毎朝ここに投稿されるので、それを確認するのも日課です。
学費はどうでしょう。
理学系物理学専攻のページを参考にしてください。学術振興会の特別研究員、もしくは学内のリーディング大学院等に(運と実力に恵まれて)選ばれれば、お給金を貰うことになります。
大学院に入る迄に何をどこまで勉強しておけばいいでしょうか。
別に大学院に入ってくれたからといって積極的にこちらから何かを教えるわけではなく、学生のあなたが積極的に勉強、研究するわけです。ですから、特に何をどこまで勉強しておかないと困るということは無いですし、何をどこまで勉強しておいたから困らないということもないです。とはいうものの、場の理論の勉強は奥が深いですから、場の理論の教科書を読みはじめておくのは悪いことではないでしょう。また、いろいろ焦って先のことを勉強するのも悪くは無いですが、基本的なことをきちんとできることも同様に重要です。教科書の文面を読んで判った気になっても、実際判っているのとは大きく違いがありますから、演習問題が載っているならきちんと解くなり、自分で適用例を考えるなりしておくのは良いことだと思います。知ったかぶりが一番いけません。
場の理論、弦理論では数学がいろいろ必要だと聞きますが、何をどれくらい勉強しておけばいいですか。
場の理論、弦理論で必要になる数学はいろいろありますが、具体的に何をするかに非常に依存します。また、ある分野 X を使うからといって、その分野 X を数学で専攻する人用の教科書を買って真面目に読んでも強調すべき部分が違ってきたりします。ですから、場の理論、弦理論の勉強を主にして、必要になった時点で必要な数学はその場で何でも勉強するようにしたほうが良いと思います。
大学院の間に数学も場の量子論/弦理論もやりたいのですが。
数学者としても弦理論屋としても振舞える人は業界で現時点でふたりだけです。一人は Witten 先生です。もうひとりは Dave Morrison 先生で、ミラー対称性等で著名な業績がありますが、彼ですら数学の博士号を取ってポスドクになってから、弦理論を学びました。勿論あなたが三人目になる可能性もありますが、あなたがその三人目である確率は低いでしょう。覚悟を決めて、大学院の間は弦理論屋になるか数学者になるかのどちらかにすることをお薦めします。
弦理論の研究は紙と鉛筆なのでしょうか。パソコンは苦手なのですが。
紙と鉛筆で出来るところもありますが、パソコンで数式処理が出来るようになると研究範囲が広がります。僕はこういう途中結果をつかって計算することがありました。また、超弦理論でもスパコンを使って大規模なシミュレーションをする研究になることもあります。一方で紙と鉛筆でしか出来ないこともあります。どれが必要かは、弦理論の中でもどういう研究をするかに依ります。ですから、必要になった時点で、必要な計算手法は手であれパソコンであれその場で何でも勉強するようにしたほうが良いとおもいます。論文を書くのは TeX というのを使ってパソコンで書いてもらわないといけません。
大学院入試では〜〜〜でしょうか。
日本の大学院の仕組み上、院試に通ってもらわないといけないのは仕方ありませんが、通ってしまえば忘れてしまって思い出すこともないことです。あまり気にしないようにしてください。
博士号をとったあとも弦理論の研究をつづける人はどれくらいいますか。
IPMU ではこれまで十年ぐらいはごく一部の方を除いて弦理論を離れて就職しています。 こちらにも書きましたが、数理的な能力に長けている人は最近は社会からもとても求められているようで、弦理論で博士号をきちんと取れるような方で、アカデミア外に就職先が無くて途方に暮れているというケースは稀だと思います。 身の回りでは金融、IT 系が多いです。科学系出版社、アニメ業界、コメディアン等もあります。 僕の知っている変な例をあつめたページもあります。
大学院を出て研究者をはじめるとどんな生活になりますか。
普通はしばらくポスドクといって三年もしくは二年の期限付き研究員を何回かやります。僕は五年やりました。ポスドクの間は、期限付きのかわりに、何も義務がなく、研究を好きなだけしていればよいことが多いです。ポスドクは日本国内だったり、アメリカだったり、インドだったり、世界各国を渡り歩きます。そうして、助教職等に応募することになります。