といってもほとんどの方は, quiverは何のことだか馴染みがないと思います.
もともとのquiverの英語の意味は, 矢を入れる筒のことです. ヨーロッパの古いお城においてあったりしますから, 見た方も多いのではないかと思います.
数学において, quiverとは(有限)グラフの各辺に向きを入れたもののことです. このとき path algebra という環が自然に定義されます. quiverの中の path を基底とする線形空間にpathを繋げることで積を入れたものです. その表現のことを quiver の表現といいますが, 具体的には各頂点上にベクトル空間をおいたときに, 矢印に対応して線型写像が与えられているものです. このような環(有限次元です)の表現論を調べる学問があります.
quiverと名付けたのは Gabriel だそうですが, 矢印がたくさん出てくるので, その様に名付けたのでしょう. うまいネーミングだと思います.
さて, 私は, ALE 空間と呼ばれる4次元多様体の上の反自己双対接続のモジュライ空間をKronheimerと一緒に研究しているときに, それがDynkin ADE型のquiverの表現のモジュライ空間のcotangent bundle に``ほぼ"なることを発見しました. 正確には, モジュライ空間を構成するときに, geometric invariant theory を使って安定な点だけを取り出すことが必要になります.
発見したときは, そのモジュライ空間を調べる具体的な手だてはあまり分からなかったのですが, その後 RingelやLusztigによる量子展開環の上三角部分環の構成を見ているうちに, モジュライ空間のホモロジー群の上に(量子ではない)普遍展開環(の部分環でなく)全体の表現が出来ていることが分かりました. 最初のALE空間のときは, Dynkin図式のADEに対応するものしかなかったのですが, この表現はもっと一般のquiverに対応して出来ているので, 名前を付けて ``quiver variety'' と呼ぶことにしました.
東北大学にいるときに, 業績報告書を書かなければいけないことになりまして, このときなるべく英語/日本語両方で書かなければなりませんでした. 研究社の新英和中辞典で調べたところ, 「えびら」,「矢筒」とありました. また, えびらの漢字は, 東北大の伊藤浩行さんが教えてくれました. ちなみに第二水準漢字です. それで, ``quiver variety" の和訳は「箙多様体」となったわけです.
日本でも箙は, 矢を入れる入れ物ですが, これについては梶原景季が源平の一の谷の戦いのときに 梅 を入れて奮戦したという逸話があり, それにちなんだえびら飴というお菓子があります. (ここのリンクをたどると逸話の詳しい説明が読めます.)
箙/quiverの絵は次を見てください.
ところで, 「えびら」といったら, 私は怪獣 エビラ を思い出しました. ゴジラと「南海の大決戦」で戦ったエビの怪獣です. ここで, このエビラは, alphabet では ebirah と hを付けることを知りました.