弦理論(や僕のやっているような研究)をするにはどんな勉強をすればいいですか、というのはしばしば聞かれるのですが、僕自身が高校/大学生/院生の頃どんな勉強をしたのですか、というのはそういえば聞かれたことが無かったところ、先日そういう機会があったので、答えたのを多少拡充してここに再録しておきます。こういうのは人によって全然違いますから、参考にはならないと思いますが、まあ、年寄りになってきたので昔話を書き留めておきたいと言うことです。長い会議で内職をする時間もあったので...(2023/9/12)
高校の頃の勉強で覚えているのはあまりありませんが、本屋で「相対論は間違っている」という本が売っていたので「相対論の考え方」という初級教科書と両方買って持って帰って読み比べたことはありました。もちろん物理だから実験せずに決着はつかないけれど、「相対論は間違っている」の方はそもそも論理的におかしいことがいっぱいだったので、こりゃダメだと思った記憶があります。
また、父は高校の地理の教師だったので、関連する本が本棚にありました。地理の専門書だけでなく、なぜか空間とか幾何学に関する本もあり、その中で岩波新書黄版の「空間と時間の数学」(田村二郎著)というのがありました。これは特殊相対論の数学の簡潔な解説だったと思いますが、小さい頃ずっとわからなかったのが「相対論の考え方」を読んでようやくわかるようになったような記憶があります。
数学の教科書をきちんと読んだのは大学に入ってからです。大学に入って上京して、数学オリンピック関連の先輩のすすめで友人複数とアルフォースの「複素解析」のゼミをやりました。その後数論に進んだその先輩が何故アルフォースを勧めたのかはよくわかりません。その後は物理学科に進学する友達と Lie 代数が物理でいるらしいと聞いて、佐竹の「Lie環の考え方」の自主ゼミをやりました。どちらの内容も僕のやるような理論物理には直接役立ったと思いますが、自主ゼミに巻き込まれた友達たちはその後使う機会がなかったほうが多いのではないかと思うので、思い返せば僕は迷惑な奴でした。
(この記事を公開したあとに当時ゼミに参加していた友人からメールを貰いましたが、アルティンの「ガロア理論」も読みました。全然身に付かなかったから全く記憶から消えていたのでしょう。当時は駒場の教室を勝手に夕方につかって、守衛さんに追い出されたりしました。悪い学生でした。)
物理の方は大学初級の教科書は何を読んだか覚えてないですが、そもそも理論物理は一冊の本をじっくり読んで身につくものではあまりないですので、適当に読み散らかしたというのが実情かと思います。ただ、場の理論は Peskin-Schroeder 、弦理論は Polchinski を比較的真面目に読みました。これらも本文を真面目に読むというよりは章末の演習問題を解いて理解を確認するというのが主だったと思います。あとは理論物理、特に場の理論は物理で学ぶ側としても教科書にきちんと書いてないことが多く、研究室の先輩がたに教えてもらうというのがしばしばありました。
(話が本題から逸れますが、教科書に書いてない常識が多いことは本当に問題です。数日前も学生さんと議論していて、話が通じないなぁと思ったら、「G対称な場の理論」が「時空多様体上に接続つきGバンドルが与えられた状況で分配関数等が定まる」という意味であると思っておらず、物理の教科書に書いてあるように、「ヒルベルト空間に G 作用がありハミルトニアンが G と交換」という状況しか知らなかった、ということがありました。前者の記述は hep-th で僕に近い研究者の間では共通認識になっていると思いますが、確かにそんなことが書いてある教科書はない気がします。)
教科書読み終えてからの勉強としては、先輩方に弦理論のいろいろな話題のレビューを教えてもらってよみました。先輩方の修論も非常に役に立ちました。かなりの部分は現在は素粒子論研究電子版にまとめられています。
また、Witten 先生の論文や講義録を昔のものからかたっぱしから(当時はまだネットで古い論文が読めなかったので)コピーし、わからないなりに一応最後まで少なくとも文章を読むことをしていました。Witten 先生は数学的な理論物理の話を手広くやっているので、僕自身の視野を広げるのにとても役に立った気がします。いま思い出すのはそれぐらいでしょうか。