これも大学院に興味のある人からよく聞かれるので、ここに一通り質問とその返答をまとめておきました。僕の非常に主観的な話なので、書いてあることをあまり信じないで、他の人にも話を聞くようにお願いします。あくまで大学院志望の物理学科の大学四年生の人むけでして、一般に弦理論とはどんな話でしょうと解説をするのではないのであしからず。また、2024年時点の話なので、数年このページが放っておかれると状況が変わっている可能性もあります。(2024/6/12改訂)
まずは 30 分ぐらいの概説ビデオをつくりましたので見てください。
もうすこしテクニカルな説明ですが、一般に、状態ベクトルの空間にハミルトニアンが作用しているのが量子力学ですが、超弦理論は量子力学の一例です。特徴的なのは、i) 一般共変性を持ち、ii) 平らな時空のまわりの重力子の散乱を問題なく記述できる点です。現時点で i) と ii) が出来る量子系としては唯一のものです。別にこの性質をもった理論を作ろうと思って発見されたわけではなく、弦を相対論的に量子化してみたところ、偶然、こういう性質のよい理論が得られたという経緯があります。
困った点は、時空が10次元でないといけないことですが、他の時空の次元で i) と ii) が出来ている理論が無いので、仕方ありません。
良い点は、この理論は自動的に空間一次元的に広がった弦のみならず、いろんな空間次元をもったブレーンと呼ばれるものを含み、また、その上や10次元空間そのものにゲージ粒子やフェルミオンが自然に生じます。素粒子標準模型の構成要素は一に受け皿の時空、二に力を媒介するゲージ粒子、三に物質場であるフェルミオンですから、それらは弦理論という枠組みの中に自然に入っています。
M 理論というのは、単に超弦理論で、ディラトンという場の真空期待値を非常に大きくした極限に過ぎません。その際、弦が膨らんで膜になるので、見つかった当時は別の名前をつけて M 理論と呼ばれましたが、現在では「弦理論」といえば膜の研究も含まれます。
また、弦理論といったり超弦理論といったりしますが、僕は区別せずに使っています。
第一には、素粒子の標準模型をきちんと超弦理論に埋め込み、量子重力も一応含んだ理論にしておきたいのは人情かと思います。そこから、何か実験で検証可能な予言が出せればなお良いです。
インフレーションの超初期では、重力の量子効果も重要になってきますから、弦理論の枠組み内で考えることも面白い、という話です。
弦理論は、一般共変な量子論ですから、それを使って、ブラックホールの量子的な性質等を解析することができます。
一般に、(d+1) 次元の重力理論を境界のある時空で考えると、境界上の d 次元の重力の無い場の理論と等価になることが知られていますが、超弦理論を使うと、具体的にどの重力理論にどの場の理論が対応するべきかがわかるので、場の理論の性質を重力理論を使って、また重力理論の性質を場の理論を使って調べることができます。
これは僕自身が色々やっているので、下に別項目として書きました。
これも僕自身が色々やっていたので、下に別項目として書きました。
超弦理論は40年ほど研究されていますが、微妙な点で判っていないことがいろいろとあります。弦理論は通常弦の第一量子化で扱われますが、第二量子化をどうするかを研究するのが string field theory です。また、弦理論およびM理論の双対性にもいろいろと判っていない点がありますから、それも調べないといけません。
超弦理論は、これまでの発展のなかで、いろいろとあらたな数学的事実を予言してきましたので、それをさらに調べることもされています。
ある場の理論の対称性の量子異常(アノマリ)というのは、理論が対称性を完全に満たすわけではないが、理論の対称性を満たさない具合が完全に記述され、それが理論のトポロジカルな性質をいろいろと反映するという現象です。
対称性をゲージ場と結合させる際は、量子異常は消えていないといけません。素粒子の標準模型は、いかにも量子異常がありそうな形をしているのですが、かなり非自明な形で量子異常が消えています。
また、超弦理論にも量子異常が出そうな箇所が複数あるのですが、それらが非常に微妙な仕組みで全体として消えています。1984年に超弦理論がみつかった当初も、その消える機構(Green-Schwarz 機構という)が大きな役割を果たしました。
1970年代にアノマリが連続的な場合に素粒子理論でみつかり、そのための一般論が整備されましたが、
アノマリが離散的な場合の一般論は2010年代前半の物性理論でのトポロジカル物性の研究に刺激されて、2010年代後半にようやく一般論が整いました。その際、純粋数学者の寄与も多大でした。物性理論、素粒子理論、純粋数学の三者のやりとりも、面白いところです。
超対称性というのはボゾンとフェルミオンを入れ替える対称性です。これがある系は、量子補正が大人しくなるため、超対称性の無い系より解析が簡単になります。ですから、現実に発見されている系ではありませんが、toy model として研究されています。特に、超対称ゲージ理論は物理的数学的にいろいろとおもしろい性質があるので、いろんな人が研究しています。
典型例としてザイバーグ・ウィッテン理論というものがあります。これの解説ページをつくりましたので興味があれば。そこから解説ビデオへのリンクもあります。
超対称場の理論は、純粋に場の理論的手法を用いて研究することも出来ますが、超弦理論でブレーンを適切に配置すると、その上に生じることが知られています。ある超対称場の理論が、そのように超弦理論に埋め込める場合、超弦理論のいろいろな性質を使って研究することが可能になり、いろいろ理解が深まります。現在では、非常に様々な超対称場の理論を超弦理論内につくることが出来るようになっており、超対称ゲージ理論の研究は実質上超弦理論の研究の一部だと思って構いません。
僕自身はそのときどき面白いと思ったことをやっているだけです。 学生さんとは、弦理論および場の量子論内で、学生さん本人の興味になるべく合致したものを探して、研究をできればよいなと思っています。