(修士/博士/普通の)論文執筆の際にお願いしたいこと、その二
以前博士論文執筆の際にお願いしたいことを書きましたが、
今回は論文の体裁に関するもっと細かいことを書き留めておきたいと思いました。
色んな学生さんの論文を審査したり添削したりすることがありますが、同じことに何度も巡り合いますので。
以下は主に弦理論、素粒子論業界の人のためのものですが、英文、数式に関しては適用範囲は広いかと思います。
また、以下書くことはどうでもいい慣習に関することも多いです。
しかし、業界の慣習を破る場合は、自分がそれが正しいと思って、意図的にやってくれたほうが良いと思います。
(2021年1月初稿;2024年10月微妙な追記)
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構成について
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修士論文で新規の結果があるばあい、博士論文のばあいは、論文中のどこが先行研究のレビューでどこが新規なのかが明確にわかるようにしてください。
イントロダクションに明記した上で、該当節においても強調してください。
書いている本人は当然わかることですが、読んでいるほうにはわかりません。
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Section, subsection をどう分けるかにも気を配りましょう。
長めの sec. 3.1 の最後の二段落だけ Sec. 3.1.1 になっているようなケースも散見しますが、ある箇所を分節するならば、同じぐらいの内容を含む近くの箇所も同様に分節するべきです。
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誰に読んでもらいたいか、その為にはどこを強調すべきか、考えて書きましょう。
自分が一番苦労したところをつい一番力を入れて書きたくなりますが、読者にとってもっとも重要な結果は自分にとってはある意味当たり前であったところかもしれません。
計算した例を全部のせる必要もないかもしれません。
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論文のレビューパートでは、より専門的なところがより詳しく記述してあるようにしましょう。
レクチャーノートを書くのでなければ、「基本的なところを非常に詳しく書いて、実際に必要になるテクニカルな話は文献を引用しているだけ」というのは読者に不親切です。
読者は知っているであろう基本的なところは軽く、あまり知らないであろう細かい所は重点的に書きましょう。
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英文について
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論文を書いたら一度は全部一語一語読み返して、間違いを探しましょう。
これには数日から一週間経ってから読み返すのが効果的です。
というのは、書いた直後だと、自分が何を書きたかったかがまだ心の中にあるので、字面を読んでも、書き間違いに気付かないことがしばしばあるからです。
長々と沢山書いたせいで、読み返す時間がとれず、誤植が多くなってしまう、というのは良く無いと思います。
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スペルチェックをしましょう。
まっとうな TeX エディタなら、TeX コマンド以外の部分だけスペルチェックしてくれる仕組みが備わっています。
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論文は多少フォーマルな英語で書くことになっています。
don't や let's 等は使わず do not, let us と書きましょう。同様に、that 節の that は省略しないようにしましょう。
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略記を使う場合ははじめて使うまえに quantum field theories (QFTs) などとして定義しましょう。
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開き括弧 “ と閉じ括弧 ” は区別しましょう。TeX では `` , '' とタイプすると変換してくれます。
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日本語ではカギ括弧で「強調」することができますが、英語で It is ``derived'' in [2] などと書くと伝聞形で人は証明したといっている、すなわち、括弧で囲われた部分の主張は怪しいという意味になりますので注意しましょう。
(僕はこれを一本目の論文でやって引用先の著者に不快感を与えました。
指導教員に原稿みせたのに指摘してくれなかったのはひどい。)
普通に \emph{...} を使っておきましょう。
I want to EMPHASIZE などと大文字で強調するのもやめましょう。
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短い一文だけで一段落というのはなるべく避けましょう。
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論文は事実を書くものですから時制はおおむね現在形でよいですが、前の論文、前の節で示したことを言及する際は過去形、次の論文、次の節でやることを書くときは未来形を使いましょう。
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これは分野によりますが、うちの分野では単著でも本文中は we を使います。
(著者と読者を含めた we なんだと聞いたことがありますがまあ慣習でしょう。)
一方、謝辞や脚注で読者を含めない著者をさす必要があるときは the author(s) を使って三人称にすることが多いです。
The author thanks 誰々 for discussion という感じです。
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a と an の使い分けは、続く単語を発音したときに母音ではじまるかどうかであって字面ではないです。ですから an N=2 supersymmetric theory になります。
また、't Hooft は t の前に ' があり、' は弱い母音です。ですので、ひとつのトホーフトループは an 't Hooft loop です。
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英文中では一桁ぐらいの整数はアルファベットで書きます。4-dimensional ではなくて four-dimensional です。
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文献番号や数式番号はそれ単体では主語にしません。
目的語につかうのは問題ないと思います。
(3.19) means ではなく Equation (3.19) means ... などとします。
(本文中で Figure 2.3 や Table 4 などと引用するときは先頭を大文字にして冠詞をつけないのが普通です。固有名詞扱いするということかもしれません。)
また、文献 [3] は何を示した、を Reference [3] derived the relation ... などとやるのは奇異にうつりますので The relation ... was derived in [3] ... などとするのが普通です。
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日本語話者特有の英語の間違いというのがあるので気をつけましょう。
自分で書いていてあやしいな、と思ったり、前置詞に迷ったりしたら、Hyper Collocation という実際に arXiv での用法を検索してくれるものがありますので使いましょう。
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特によく見かけるのが「特に〜〜である」というのを Especially, ... . と書くケースです。
これは In particular, ... のほうが普通です。
日本語に訳すると especially も in particular も「特に」ですが、前者は「特に良い」を especially good などと言う際に普通つかいます。
Hyper collocation の結果をリンクしておきましたが、in particular のほうが 90 倍ぐらい多く、かつ especially のほうは English native speaker が書いた論文はほとんど引っ掛からないことがわかります。
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もうひとつは evidence を複数形にして evidences とすることです。
これは非可算名詞なので、どうしても複数形にしたい場合は pieces of evidence などと書くべきです。
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三人称単数現在の (e)s に気をつけましょう。
(僕は動詞の直前の名詞の単数複数で決めて書いてしまう癖がついてしまっていて良くないです。)
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冠詞 a(n), the の使い分けおよびいつ使わないのかはとても難しいです。
僕も native にいわせるとまだまだです。しかし次のことは気をつけることができると思います:
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可算名詞の単数形はかならず a か the か my, this, Cardy's などの限定形容詞がつく。
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可算名詞で指される対象で、すでに文章中に出て来たら、the がつく。
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可算名詞で指される対象で複数考えうるものが文章中にはじめて出てくるときは a(n) がつく。
ですから、ある二次元の場の量子論の中心電荷が... と言う場合は the central charge of a two-dimensional quantum field theory となります。
まあ、同じ名詞でも可算名詞としてつかったり非可算名詞としてつかったりすることがあるからさらに難しいのですが、それは次の段階です。
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数式について
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複数の式が並ぶ場合はきちんとカンマ , で区切りましょう。
同じ行に並ぶ場合はきちんと間をあけましょう。
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複数の式が複数行に並ぶ場合は align 環境をつかうなどして等号を揃えるなどしましょう。(eqnarray は古いのでお薦め出来ません。)
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一つの長い式を複数行に分割する必要があるときは multline 環境を使うなどしましょう。
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数式番号が (121) とかまでいくと流石に多いです。(2.5) 等になるようにしましょう。
このためには \usepakcage{amsmath} をしてから \numberwithin{equation}{section} などとするだけです。
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数式中に英単語を書く場合は \text{phys} などとしましょう。
単に phys と書くと math italic になってみっともないです。
逆に、本文中で斜体を使いたいときに数式をつかうのはやめましょう。
\textit{...} とします。微妙に見た目が違います。
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不等号 < > を不等号以外の意味でつかうのは止めましょう。
それ以外の場合は \langle $\langle$, \rangle $\rangle$ をつかうほうが良いです。
ブラケットを使う必要がある場合は \usepackage{braket} として \bra \ket を使いましょう。
上の項目と組み合わせると、\ket{\text{out}} などと書くわけです。
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日本の高校とか受験勉強では式が並んでいる中に $\because$ (なぜなら) や $\Longrightarrow$ (よって) を使うことが時折ありますが、学術論文では使わない習慣です。
避けましょう。
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日本の高校では $_nC_k$ と書く二項係数は $\binom{n}{k}$ が標準のようです。
(国と地域によって同じものを $C^n_k$ と書いたり $C^k_n$ と書いたりしてややこしいです。
いちど査読をしていてこれで頭を悩ませたことがありました。)
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文献リストについて
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教科書など長い文献から引用する場合は、\cite[Sec.???]{Hori:2003ic} などとしてどの節を引用しているか明記しましょう。
五百頁の論文をただそれといって引用されてもどこに載っているのかわかりません。
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BibTeX を使いましょう。
特に自分が好きな bst ファイルがないのでしたら、 .bib データを inspire からとってきて、それを ytphys.bst などと組み合わせれば以下の点のいくつかは自動でクリアできます。
これは僕が Jacques Distler の utphys.bst にさらに修正を加えたものです。
僕が学生のころは教員が学生に文献リストを手動で並べ替えさせていたのをしばしば見かけましたが、ひどいはなしでした。
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引用文献のキーは \cite{CardyC-theorem} などと自分で名前を付けずに inspire のそのままの \cite{Cardy:1988cwa} を使うのをお薦めします。
一人で論文を書いている間は前者のほうが覚えやすいかもしれませんが、いずれ共著論文を書きはじめると、他人が付けた文献キーは覚えにくいですし、同じ文献を別のキーで複数回引用したりすることにつながります。
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論文にはハイパーリンクを貼りましょう。
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出版されている論文に関しても、プレプリント番号も載せましょう。
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著者名のアクセント記号や、タイトル中の数式などがおかしくなっていないかを確認しましょう。
inspire データベースからとってきた .bib には時々不思議な余計な note がついていることがあります。そういうものは削除しましょう。
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TeX 全般について
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(u)platex でなくて pdflatex を使いましょう。
また、ファイルの先頭に \pdfoutput=1 とかいておきましょう。
理由は後述します。
日本語をすこし書く必要がある場合も \usepackage[whole]{bxcjkjatype} としておけば大丈夫です。
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platex を使わないのは、arXiv に投稿するときに微妙に組版が違ってくることがあるからです。
全角スペースが入ったことに気付かずに論文を書いていて、arXiv に投稿した際に意味不明なエラーがでて頭を抱えていた人をみたこともあります。
また、\pdfoutput=1 を書いておかないと、arXiv が latex → dvi → ps → pdf という伝統的な方法でコンパイルすることがあります。
この場合長いハイパーリンクの途中で改行ができないという問題があるので、これまた組版が手元でするのと異なってしまうことがあります。
特に引用文献リストが間延びしてしまうことがあります。
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hyperref で colorlinks を使う場合は citecolor 等を標準の色から変えましょう。citecolor はデフォルトでは green ですが、LaTeX の green は輝度が高過ぎて読みにくいです。linkcolor の red も原色でちょっときついと思う。ちなみに僕の今の設定は
\usepackage[svgnames,psnames]{xcolor}
\usepackage[colorlinks,citecolor=DarkGreen,linkcolor=FireBrick,linktocpage,unicode]{hyperref}
です。
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僕が慣習を破っている例
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通常は Introduction がはじめにあり Conclusions がおしまいにありますが、僕ははじめに Introduction and summary としてまとめてしまいます。
弦理論業界では増えつつある気がします。
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引用文献を文章に現れる順に [1] [2] とするのでなく、[Wit82] などという名前の省略形+発表年の形式にします。
このほうが、いつごろの結果を引用しているかなど、読んでいるときの情報量がすこし増えると思っています。
このための bst ファイルも ytamsalpha.bst に用意してありますので、ご興味があれば。