hep-th 系の学生さんと話をしていると、勉強の仕方はわかっているのだけれど、 そこから論文を書くことになかなか移行できないケースが散見されます。 ではどうやったらいいのか、という話を何度かすることがあり、毎度同じような助言をしているので、 この際まとめておこうかと思った次第です。 理論物理で且つ hep-th にしか適用できない話も多いかと思いますので、悪しからず。 また、最近子供と話すことが多いので、口調が幼い子供相手のものに引きずられている気がしますが、すいません。 (初稿:2024/9/20)
他のところでも書きましたが、教科書や、著名な大論文の勉強をやっていると素晴らしいことを学んで、理解が深まって、とても楽しいです。 一方で、論文を書くためにがんばって新しいことがすこしわかったとしても、自分でなしとげた、という満足感を別にすれば、得られる科学的な知見としては教科書等に比べると大したことはないでしょう。 人生は限られた時間ですから、ただただ勉強を続けて人類のこれまでの叡知の結晶をなるたけ吸収したいというなら、それはそれでひとつの選択です。
しかし、博士号をとるには何か新しいことについて論文を書かないといけませんし、ポスドクをつづけていってアカデミアに残りたいならば、一定のペースで論文を複数書かないといけません。 論文がまったくなくても色々な内容を深く理解しているなら博士号をくれるような世の中もありえたかもしれませんが、現実はそうではないので、仕方がないことです。 相続した遺産が沢山あってずっと勉強していてよいとかでなければ、論文を書きましょう。
教科書や大論文の勉強を続けているうちに自然にどこにも書いていないことに疑問がわいて、それを解決して、論文が書けることも稀にあるでしょうが、普通はそうはいきません。 まだ論文を書くには勉強が足りていない気がする、と思うかもしれませんが、いまやっている勉強が自分が実際にする研究に本当に必要になってくるかも実はわからないのです。
覚悟をきめて勉強を一旦中断して、これができたら論文になるかな、という目標 A を意図的に設定して、その目標 A にむかって、色々調べものをしたり、計算したり、しないといけません。 目標 A が達成できたら、論文をかきはじめます。 しかし、そう順調にいくのはやはり稀でしょう。
また、このような目標の再設定を適宜やっていくためには、目標は具体的である必要があります。 十分に具体的でない例をいくつかあげましょう:
基本的に、論文にするには、まだどの既存の論文にも載っていない新しいことをやる必要があります。 しかし、大発展大進展である必要はありません。 ほんのちょっとだけでも、人類の知識の総体を前進させればよいです。 とはいっても限度というものはあります。 たとえば 194857+204958*45 というのはこれまで人類はだれもやったことはない計算だと多分思いますが、それだけでさすがに論文にするわけにはいきません。
じゃあ、どれくら出来たら論文にしてよいか、が問題ですが、これはアプリオリに決まっているものではなく、その業界の歴史および慣習で決まっているものです。 ですから、既存のこの十年ぐらいの論文で、まっとうなジャーナルに載っているようなもので、大論文でない、なるべく大したことのない論文を複数みてみてください。それと同じぐらいのことが出来れば、論文にしてよいわけです。
とはいっても、自分だけでそのような目標を設定するのははじめは難しいでしょう。 そこで、目標の設定のしかたの方法をいくつかあげてみます:
こうなると目標によって具体的にやることはかわってきますが、いくつか複数の人にアドバイスしたことを列挙しておきます:
中途目標 A1, A2, ... , An-1 を設定して、すこしずつやっつけていく。分割することで、やることがさらに具体的になります。
中途目標までやってある既存文献があれば、そこからやればいいわけで、研究が楽になります。 最終目標 A がやってある既存文献をみつけてしまったら、それについてはもう論文がかけないことになりますが、他の人も論文をかいているというわけで目標の設定の筋がよかったと思うことにし、さらなる目標 A' を再設定しましょう。
文献の探し方ですが、目標 A をやった論文があったなら、必ず大論文 P1 と P2 を引用しているはずである、とかはわかるはずです。すると、inspire など文献データベースで、 P1 と P2 両方引用している文献を全部見ればよいわけです。あっても高々百個ぐらいですからアブストラクトを確認するだけなら数日で終わることです。
上記のように目標や部分目標を設定して、それを達成しようとすると、これまで教科書や大論文で勉強したつもりだったが理解が足りていなかったこと、そもそも勉強したことがなかったこと、が出てくるでしょう。 そうすると、勿論それを勉強する必要が生じます。上のほうで「覚悟を決めて一旦勉強を中断して」とは書きましたが、それはあくまで目標のない闇雲な勉強を中断して、ということであって、目標の達成のためには必要なことを必要なだけ次々勉強して吸収することが必要です。
博士号をとったり、ポスドクをしばらくやったあと、アカデミアを離れて社会で働くことになったばあい、我々の分野でやったことがそのまま仕事で使えることはほとんどないと思います。ですが、この、目標の達成のために、必要なことを必要なだけ次々勉強して、それを実際に適用してつかう、という能力は、評価してもらっている、と聞きます。
ひとつのことに関して一週間考えて進展がなければ、指導教員でも、先輩でも、ポスドクでも、いいですから、相談しましょう。ひとりきりでやる必要はないのです。これ、本当に重要です。
論文を書くための研究は平然と半年とか一年とか掛かります。重要そうなことがわかったら、あとで読みかえせるように、どこかにまとめておきましょう。また、まとめノートがあれば、誰かに相談する際にも、便利です。
さらに、TeX に慣れているなら、タイプしてしまうのをおすすめします。あとで論文を書く際に、まとめノートからコピペできます。
おめでとう!必要なら、先輩とか指導教員とかから以前の論文の LaTeX のソースファイルをもらって、どんな感じか学びましょう。 あとは、最近の既存の論文をいくつかながめて、それの構成にしたがって、自分が得た結果について書いてみましょう。 書き上がったら、指導教員や先輩にみてもらって添削してもらいましょう。
これの詳細については、以前こちらに細かい内容をまとめましたので、ご覧下さい。