研究課題 D01-2 | フッ化物イオン電池材料のイオン伝導性の研究 |
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研究代表者 | 小林 義男 (電気通信大学) |
フッ化物イオン(F–)を電荷移動体として用いるフッ化物イオン電池(FIB)は, 電解液を使わない固体電池です。安全性が高く, 電気容量とエネルギー密度も十分であるために次世代エネルギーとして期待されています。高性能の FIB を実現するためには, フッ化物イオンが高速で移動できる固体電解質が決定的な鍵を握っています。本研究は, 核プローブを利用したミクロスコピックな研究を行なうことで, フッ化物イオンの拡散過程を明らかにするとともに, FIB の開発と実用化に向けた基礎データを提供することを目指します。
本研究では, 蛍石構造 CaF2 をモチーフとした FIB 中のフッ化物イオンの動的挙動をミクロスコピックに観察するために, 19F を核プローブとする時間微分型摂動角分布(TDPAD)法, Ca2+ イオン側からイオンの動きを観察する負ミュオンスピン緩和法(負 μSR), CaF2 結晶構造の格子間隙位置あるいは置換格子位置に短寿命メスバウアープローブ核 57Fe を注入するインビーム・メスバウアー分光法(IBMS)では格子欠陥の修復過程も解明します。3つの異なるプローブを複合的かつ相補的に用いることで, CaF2 におけるフッ化物イオンの動的挙動を明らかにし, 加えて CaF2 を母物質とした種々の陽イオンを含む化合物のイオン伝導性についての理解を深めます。
図 1. CaF2 結晶に注入された 57Fe をプローブ核として得られたメスバウアースペクトル.
我々は, CaF2 単結晶に 57Mn イオン注入する IBMS を用いて, 試料中で孤立した Fe 原子の占有位置と電子状態を観測しました。得られたメスバウアースペクトルを図 1 に示します。低温のメスバウアースペクトルは,2 組のダブレットで解析できました。メスバウアーパラメータ(異性体シフト・四極分裂)と DFT 計算から, D1(青色)は格子間隙位置を占める 57Fe2+(HS)で, D2(赤色)は Ca2+ 位置を置換した 57Fe2+(HS)であると解釈しました。温度上昇とともに D2(赤)成分の面積強度が増加しました。約 150 K 以上では, 格子間隙位置成分のスペクトルの線幅が広がり, 強度が低減しました。一方, Ca 位置を置換した Fe 成分の面積が増加するとともに, 第3の成分としてシングレット(オレンジ色)が観測されました。 このシングレットは, 間隙位置を占めた Fe 原子と Ca 位置位置の間の速い緩和現象によるものであると予想しています。500 K 以上の高温で F– は拡散することは知られていますが, 室温程度の温度で F– は局所的に揺らぎ, あるいは局所ジャンプを始めているのではないかと示唆されます。今後, この現象を確認すべく, 室温付近での β-γ 同時計数法による時間分割測定や PAD などを行う予定です。
メンバー
- 研究代表者
- 小林 義男
(電気通信大学 情報理工)
- 研究協力者
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山田 康洋 (東京理科大 理学部)
久保 謙哉 (国際基督教大 教養学部)
佐藤 渉 (金沢大院 理工研究学域)
三原 基嗣 (大阪大院 理学研究科)
長友 傑 (理化学研究所 仁科加速器科学研究センター)
宮崎 淳 (北陸大 薬学部)
佐藤 眞二 (放射線医学総合研究所 物理工学部)
北川 敦志 (放射線医学総合研究所 物理工学部)
関連資料
- Y. Yamada, Y. Sato, Y. Kobayashi, M. Mihara, M. K. Kubo, W. Sato, J. Miyazaki, T. Nagatomo, S. Tanigawa, D. Natori, J. Kobayashi, S. Sato, A. Kitagawa, “In-beam Mössbauer spectra of 57Mn implanted into ice,” Hyperfine Interact. 238, 25 (2018), DOI: 10.1007/s10751-018-1500-8.
- Y. Kobayashi, Y. Yamada, M. K. Kubo, M. Mihara, W. Sato, J. Miyazaki, T. Nagatomo, K. Takahashi, S. Tanigawa, Y. Sato, D. Natori, M. Suzuki, J. Kobayashi, S. Sato, A. Kitagawa, “Chemical reactions of localized Fe atoms in ethylene and acetylene matrices at low temperatures using in-beam Mössbauer spectroscopy,” Hyperfine Interact. 239, 18 (2018), DOI: 10.1007/s10751-018-1494-2.
- H. Shimizu, W. Sato, M. Mihara, T. Fujisawa, M. Fukuda, and K. Matsuta, “Temperature dependent thermal behavior of impurity hydrogen trapped in vacancy-type defects in single crystal ZnO,” Appl. Rad. Iso. 140 224–227 (2018).
- W. Sato, S. Komatsuda, and Y. Ohkubo, “Nuclear spin relaxation of 111Cd at the A site in spinel oxides, CdFe2O4 and CdIn2O4,” J. Radioanal. Nucl. Chem. 316, 1289 (2018).
- B. M. Boisse, G. Liu, J. Ma, S. Nishimura, S. C. Chung, H. Kiuchi, Y. Harada, J. Kikkawa, Y. Kobayashi, M. Okubo, and A. Yamada, “Intermediate honeycomb ordering to trigger oxygen redox chemistry in layered buttery electrode,” Nature Commun. 7, 11397 (2016), DOI: 10.1038/ncomms11397.