公募研究 概要

研究課題 A01-4 超伝導転移端検出器応用による XAFS 研究の飛躍的進展が拓く新しい地球惑星科学
研究代表者 高橋 嘉夫 (東京大学)

超伝導転移端検出器(TES)は極低温技術を用いた X 線検出器で, 世界的に競争が厳しい X 線天文学分野で開発が続けられた結果, エネルギー分散型検出器としては極めて高い, 10 eV 以下というエネルギー分解能を達成しています。本研究では, 新学術領域研究「量子ビーム応用」A01 班で研究展開されている TES を, 量子ビームの1つである大型放射光を用いた X 線分光法, 中でも X 線吸収微細構造 (XAFS) 法・蛍光 X 線 (XRF) 法に応用し, その革新的発展を目指します。このうち XAFS は, X 線吸収スペクトルに現れる各元素固有の吸収端付近の微細構造で, 元素の価数や対称性を反映する吸収端近傍構造(XANES)と隣接原子との距離や配位数が得られる高エネルギー側の波うち構造(EXAFS)からなります。XAFS は, 対象元素に対する高い選択性や固-液-気体や非晶質など試料形態を選ばない特徴から, その応用範囲は非常に広いが, 地球惑星科学や環境科学で扱う天然試料の応用には, (i) 微量な元素への応用は他元素の干渉の影響が大きい, (ii) EXAFS は測定が困難な場合が多く, 一方で XANES のみでは得られる情報が少ない, などの問題点がありました。これらを克服し, 微量元素の XAFS の分野に新たな革新を起こし得るのが XRF 検出系の進化であり, 本研究領域で開発されている超伝導転移端検出器(TES)はその突破口の1つとなり得えます。

こうした中で我々は, 2019 年に A01 班の山田真也博士(立大)のグループと共同で NIST 製 240 素子 TES を放射光施設 SPring-8 の BL37XU に設置・調整し, XRF を高エネルギー分解能で計測し, 蛍光 XAFS を測定することに成功しました(Yamada et al. (2021))。これにより TES による放射光硬 X 線 XRF-XAFS 実験が可能であることが確実となりました。この成功を受けて, 放射光施設で安定した TES 利用 XRF・XAFS 実験を実現し, 様々な応用研究に展開する手法を確立するのが, 本研究の目標です(図1)。高いエネルギー分解能を持つ検出器を地球惑星・環境試料に応用するメリットは, 高感度化・顕微分析・新分光法の 3 要素に集約されます。本研究では, TES でこれらを実現すると共に, 我々の XAFS 応用研究に関する経験を活かして, 個々の手法の特徴を活かした以下の 3 つの応用研究を進め, 手法的・科学的に新規性の高い成果を得ます。

図 1. TES の高エネルギー分解能を活かした XAFS-XRF 分析

【実験 1. 超高感度 XAFS の資源化学への利用(バックグランドの分離による微小信号検出)】 目的元素の XRF を散乱 X 線・他元素 XRF から分離し超微量元素の XAFS を測定します。これを利用し, 先端産業を担い, 資源として重要な希土類元素 (REE)・レアメタルの濃集過程を調べるため, TES を用いた超高感度 XAFS をイオン吸着型鉱床中のランタン(La)や海底マンガン鉱床中の白金(Pt)の XAFS に応用し, その濃集機構の素過程(La の内圏/外圏錯体の形成や Pt の価数同定)を解明します。

【実験 2. μ-XRF-XAFS 法・μ-XRF-化学種マッピング法(XRF の高分解能分析)】 μmサイズの X 線を利用し, 試料走査しながら XRF 測定する μ-XRF-XAFS 法に TES を応用した, 世界初の TES-μ-XRF-XAFS 法を推進します。元素の化学種を反映する可能性がある XRF のエネルギー・半値幅・面積比(Glatzel et al. (2005); Lafuerza et al. (2020))を用いた μ-XRF 化学種マッピング法に挑戦します。これらを「はやぶさ2」がもたらすリュウグウ帰還試料注の鉄の価数別マッピングなどに適用します。微細領域の Fe 価数分布は, 惑星表層進化を解明する上で重要です。

【実験 3. 高エネルギー分解能蛍光検出 XANES (HERFD-XANES)】 着目する軌道の電子の寿命幅を越えたエネルギー分解能で XRF 測定することで, 詳細な電子状態を反映した HERFD-XANES(Proux et al. (2017))を測定します。その際, 装置関数を考慮した情報駆動科学の支援によるエネルギー分解能の向上も解析に利用します。応用として福島原発事故と関連するセシウム(Cs)の挙動を支配する粘土鉱物表面との化学結合の本質(共有結合の寄与など)を HERFD-XANES で解明します。TES による測定が可能になれば, 限られた元素にのみ応用されている HERFD-XANES を様々な元素に適用可能となります。

メンバー

研究代表者
高橋 嘉夫
(東京大学 大学院理学系研究科)
研究協力者
山田 真也 (立教大学 理学部)
岡田 信二 (中部大学 工学部)
橋本 直 (日本原子力研究開発機構)

関連資料

  • H. -B. Qin, S. Yang, M. Tanaka, K. Sanematsu, C. Arcilla, Y. Takahashi, “Scandium immobilization by goethite: Surface adsorption versus structural incorporation,” Geochim. Cosmochim. Acta 294, 255–272 (2021).
  • S. Yamada, Y. Ichinohe, H. Tatsuno, R. Hayakawa, H. Suda, T. Ohashi, Y. Ishisaki, T. Uruga, O. Sekizawa, K. Nitta, Y. Takahashi, T. Itai, H. Suga, M. Nagasawa, M. Tanaka, M. Kurisu, T. Hashimoto, D. Bennett, E. Denison, W.B. Doriese, M. Durkin, J. Fowler, G. O'Neil, K. Morgan, D. Schmidt, D. Swetz, J. Ullom, L. Vale, S. Okada, T. Okumura, T. Azuma, T. Tamagawa, T. Isobe, S. Kohjiro, H. Noda, K. Tanaka, A. Taguchi, Y. Imai, K. Sato, T. Hayashi, T. Kashiwabara, K. Sakata, “Broadband high-energy resolution hard x-ray spectroscopy using transition edge sensors at SPring-8,” Rev. Sci. Instrum. 92(1), 013103 (2021).
  • H. Miura, Y. Kurihara, M. Yamamoto, A. Sakaguchi, N. Yamaguchi, O. Sekizawa, K. Nitta, S. Higaki, D. Tsumune, T. Itai, Y. Takahashi, “Characterization of two types of cesium-bearing microparticles emitted from the Fukushima accident via multiple synchrotron radiation analyses,” Sci. Rep. 10(1), 11421 (2020).
  • G. -I. Uramoto, Y. Morono, N. Tomioka, S. Wakaki, R. Nakada, R. Wagai, K. Uesugi, A. Takeuchi, M. Hoshino, Y. Suzuki, F. Shiraishi, S. Mitsunobu, H. Suga, Y. Takeichi, Y. Takahashi, F. Inagaki, “Significant contribution of subseafloor microparticles to the global manganese budget,” Nat. Commun. 10(1), 400 (2019).
  • Y. Takahashi, Q. Fan, H. Suga, K. Tanaka, A. Sakaguchi, Y. Takeichi, K. Ono, K. Mase, K. Kato, V. V. Kanivets, “Comparison of solid-water partitions of radiocesium in river waters in Fukushima and Chernobyl Areas,” Sci. Rep. 7(1), 12407 (2017).