公募研究 概要

研究課題 C01-5 硬X線による化合物活性化を利用した新しいがん治療法の開拓
研究代表者 小川 美香子 (北海道大学)

光免疫療法 (photoimmuno therapy; PIT) は, 2020 年 9 月に世界に先駆けて日本で承認された新しいがんの光治療法で, がん細胞に結合する抗体に光反応性薬剤である IR700 を結合したものを薬剤として用います。薬剤を生体に投与後, 腫瘍部位に近赤外光 (690 nm) を照射することでがん細胞を死滅させます。我々は, この治療法の根幹にあるのは, 近赤外光による化合物 IR700 の化学構造変化(水溶性軸配位子の切断)であることを見出しました。また, 軸配位子切断メカニズムとして, 近赤外光により励起状態となった IR700 が電子供与体から電子を受け取りアニオンラジカルとなり, この活性種から化学結合の切断反応が起こることを解明しました。

しかし, 可視–近赤外領域の光は, 生体物質の電子励起エネルギーにも相当するため, 生体物質によって吸収されます。そこで, 本研究では, 生体透過性が高い硬 X 線により活性化する手法の開発を目指します。

特にラジカル生成初期過程および二次放射線の内殻励起に着目し開発を行います。生体分子に比べ, 水和電子, ヒドロキシラジカルなどの水から発生するラジカルとより反応しやすい分子を開発し, ラジカルからの結合開裂反応を利用すれば, 生体に害が無いレベルでのラジカル発生で化合物の構造変化を起こせるのではないか, あるいは, 水よりもラジカルを発生しやすい分子を用いれば, 直接的なラジカル化により, 水のラジカル化が起こらないレベルで化合物の活性化が行えるのではないかと考えています。また, 内殻励起とそれに引き続くオージェ遷移を利用した化学結合選択的な化合物の活性化が可能ではないかと考えています。内殻励起は, 原子核と主に K 殻電子のエネルギー差に基づく励起であり軟 X 線で起こりますが, 軟 X 線は生体を透過しません。そこで, 硬 X 線が生体を透過する際に散乱吸収され, それにより生じる二次放射線(蛍光 X 線や二次電子)を利用した内殻励起を利用することを予定しています。

領域の特性を生かし, 放射線化学の初期過程や量子物理の観点を取り入れ, それに基づいた理論的分子設計をすることに主眼を置き, 研究を進めます。

メンバー

研究代表者
小川 美香子
(北海道大学 大学院薬学研究院)
研究協力者
稲波 修 (北海道大学 大学院獣医学研究院)
横谷 明徳 (国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構)

関連資料

  • M. Kobayashi, M. Harada, H. Takakura, K. Ando, Y. Goto, T. Tsuneda, M. Ogawa, T. Taketsugu, “Theoretical and experimental studies on the near-infrared photoreaction mechanism of a silicon phthalocyanine photoimmunotherapy dye: photoinduced hydrolysis by radical anion generation,” Chempluschem 85(9), 1959–1963 (2020).
  • K. Sato, K. Ando, S. Okuyama, S. Moriguchi, T. Ogura, S. Totoki, H. Hanaoka, T. Nagaya, R. Kokawa, H. Takakura, M. Nishimura, Y. Hasegawa, P. L. Choyke, M. Ogawa, H. Kobayashi, “Photoinduced ligand release from a silicon phthalocyanine dye conjugated with monoclonal antibodies: a mechanism of cancer cell cytotoxicity after near-infrared photoimmunotherapy,” ACS Cent. Sci. 4(11), 1559–1569 (2018).