研究課題 D01-5 | 多価イオンビームによる2光子稀崩壊の観測 |
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研究代表者 | 山口 貴之 (埼玉大学) |
本研究は, 蓄積リングに貯蔵された多価イオンビームの特徴を生かし, 中性
原子状態では実質不可能な, 原子核の 2 光子稀崩壊の観測を行います。
原子核は, 基底状態, 励起状態ともにスピンが 0+ の場合, γ 崩壊できず内部転換電子崩壊が起こります。しかし完全イオン化して電子がなく, 内部対生成を起こすほど励起エネルギーが高くない場合, 量子力学の 2 次効果として, 光子を 2 個同時に放出する稀崩壊が起こります。この現象はこれまで 3 核種しか報告例がありません。いずれも分岐比が極めて小さく, バックグラウンドも多いです。多価イオンを蓄積リングに貯蔵する実験環境では, 競合する過程がなく, クリアに現象を観測できます。本研究では, 72Ge の励起状態に着目します。
実験はドイツ GSI 研究所の加速器施設で行います。シンクロトロンで加速した 78Kr ビームを標的に照射し, 核反応で 72Ge (基底状態スピン 0+)の 2 次ビームを生成します。ビームエネルギーが核子あたり約 380 MeVなので, 72Ge は完全イオン化しています。また, 72Ge ビームには寿命の長い励起状態 72Ge* (スピン 0+, 励起エネルギー 691 keV) が数%含まれると予想されます。核反応で生成されるバックグラウンド粒子は破砕片分離装置で除去されますが, この励起状態は分離されず 72Ge ビームに含まれます。
このビームを GSI の蓄積リング ESR に入射し, 貯蔵します(図 1 参照)。ESR のビーム光学条件は等時性に調整されています。すなわち, 周回周期が周回粒子の質量電荷比に比例しています。そのため, 周回周期の観測によって粒子識別ができます。ESR の質量分解能は ∼105 と高いので, 基底状態と励起状態が混ざった 72Ge ビームを飛行中に識別することができます。
図 1. ドイツ GSI 研究所の蓄積リング ESR
2 光子稀崩壊の観測はショットキー検出器を用います。ESR の直線部に設置された空洞共振器です。粒子が周期的にこの空洞を通過すると電磁場が蓄えられます。それを磁気コイルで検出し, 高速フーリエ変換すれば, 周回粒子の質量電荷比に比例する周波数信号(ショットキースペクトラム)が得られます。ショットキースペクトラムの時間変化を測定することで, 飛行中の励起状態 72Ge* の 2 光子崩壊を観測することができます。
蓄積リングは, バックグラウンドの多い電子分光と相補的に, 0+ 励起状態の構造を探索する新しいツールになるでしょう。低エネルギー 0+ 準位を精度よく決定することで, エキゾチック核に現れる変形共存のメカニズム解明に貢献できます。さらに 2 光子崩壊は量子論の精密検証になります。また, 多価イオンによる励起状態の寿命変化は宇宙元素合成過程にもインパクトがあります。
本研究は, Facility for Antiproton and Ion Research (FAIR) Project Phase-0 として, Nuclear Structure, Astrophysics and Reactions (NUSTAR) Collaboration 傘下の Isomeric Beams, LIfetimes and Masses (ILIMA) Sub-Collaboration によって行われます。
メンバー
- 研究代表者
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山口 貴之
(埼玉大学 大学院理工学研究科)
- 研究協力者
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KORTEN, Wolfram (CEA Saclay)
LITVINOV, Yuri A. (GSI)
関連資料
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F. Bosch ,Yu. A. Litvinov ,T. Stöhlker , “Nuclear physics with unstable ions at storage rings,” Prog. Part. Nucl. Phys. 73, 84 (2013).